Roland Barthes(1915〜1980)

up!!★ロラン・バルト『喪の日記』(原書2009年、石川美子訳)、みすず書房
 なぜ、わたしはファシズムにぞっとするのだろうか。

 −女性の調停者
 −戦闘的態度−思想など−がどこに立脚しているのか、わたしにまったくわからなかった。
 思想の力も(というのは懐疑的なわたしにとっては真実の審級がないからだ)。
−わたしと暴力の関係。
 なぜわたしは、暴力の正当化には(たぶん真実性さえにも)けっして同意しないのか。なぜならわたしが対象となる暴力が、彼女におよぼしたであろう、およぼすであろう不幸に耐えられない(耐えがたい)からである(耐えられなかった、というべきだが、彼女は亡くなったので、おなじことだ)。
 マムについて語ること。なんだって、アルゼンチンや、アルゼンチンのファシズム、監禁、政治的な拷問などを語ることが?
 彼女は、それらのことに傷ついたであろう。彼女が、死亡者の妻や母のひとりとなって、あちこちでデモをしていると想像すると、ぞっとする。もしわたしを失ったとしたら、彼女はどんなにか苦しんだことだろう。
引用者註
バルトの母(マム)が亡くなった日(1977年10月25日)の翌日から書き始められた日記のメモより。
当時のアルゼンチンはビデラ軍事政権で、反対勢力に対し弾圧を行い、多くの死者や行方不明者を出した。