Sarah Kofman(1934〜1994)

up!!★サラ・コフマン『人はなぜ笑うのか?−フロイトと機知』(原書1986年、港道隆・神山すみ江・中村典子訳)、人文書院
冗談は、遊びと機知とを媒介する段階である。それを機知から区別するのは難しく、おそらくは唯一、冗談が表現する思考が機知に比べて深みや新味がないということによって区別される。その冗談は、批判からくる反対に沈黙を強いることによって、遊びに結びついた快感の利得を獲得する手段である。冗談が辿る道(それはWitz[機知]の道でもあるだろう。それが快感と批判的審級の両方を妥協なしに満足させる唯一の道だからだ)は、さまざまな言葉の不条理な寄せ集めやさまざまな思考の首尾一貫しない配列が、それにもかかわらず、幾分かの意味をもつようにするところにある。冗談は、この課題のために、言語のあらゆる資源を、あらゆる狡知を活用する。後にWitz[機知]が用いることになる狡知である。